製薬会社で20年以上、新薬の研究開発に携わった経験をもとに、科学的根拠に基づいた糖尿病関連の情報をお伝えしています。
糖尿病治療では、日本糖尿病学会や厚生労働省も示しているように、食事療法と運動療法が基本です。
グレート義太夫さんが67歳で死去
たけし軍団のメンバーとして活躍したグレート義太夫さんが、2026年9月7日に67歳で亡くなりました。
報道によると、東京・中野区の自宅マンションの階段で倒れているところを発見され、病院へ搬送されましたが、死亡が確認されたということです。
目立った外傷はないと報じられていますが、現時点では死因は公表されていません。
グレート義太夫さんは長年糖尿病と闘い、2007年からは糖尿病性腎症による腎不全のため人工透析を続けていました。
2024年には心筋梗塞で倒れ、10時間にも及ぶ手術を受けています。
しかし、
今回の死因が糖尿病や心筋梗塞と関係していたのかは分かっていません。
糖尿病と義太夫さんの死因を結びつけることはできないことを最初にお断りしておきます。
37歳で糖尿病と診断された
グレート義太夫さん、本名・鈴木正之さんは1958年12月26日生まれ。
1995年、37歳のときに糖尿病と診断されました。
当時は、
- 喉が異常に渇く
- トイレが近くなる
- 目がかすんでテレビの字幕が見えにくくなる
といった症状があったそうです。
しかし、本人は夏バテだと思っていました。
病院を受診したときの血糖値は630mg/dL。
医師から驚かれるほど高い血糖値だったと、義太夫さん自身が何度も振り返っています。
さらに、当時の食生活についても、深夜まで焼肉を食べたり、仕事の関係で高カロリーな食事を続けたりしていたことを後年明かしています。
父親も糖尿病だったことから、遺伝的な要因に加えて、当時の生活習慣も影響していたと考えられます。
義太夫さんは「本当に糖尿病を舐めていた」と語っていた
義太夫さんの話で最も印象に残るのが、糖尿病と診断された後のことです。
薬を飲んで体調が良くなると、
「治ってきたのではないか」
と思い、自己判断で病院へ行かなくなる。
そして体調が悪くなると、また通院を始める。
そんなことを繰り返していたといいます。
後年のインタビューでは、当時を振り返って、「本当に糖尿病を舐めてた」と話しています。
糖尿病の怖いところは、血糖値が高くても初期には強い痛みなどが出ないことです。
症状がなくなったからといって、糖尿病そのものが治ったとは限りません。
義太夫さん自身も、医師から「このままだと透析になりますよ」と言われていたにもかかわらず、当時は深刻に受け止められなかったと語っています。
詳しく見る ⇒ グレート義太夫は糖尿病性腎症
糖尿病発症から12年後に人工透析へ
糖尿病と診断されたのは1995年。
それから12年後の2007年、糖尿病性腎症による末期腎不全のため人工透析が必要になりました。
糖尿病性腎症は、高血糖の状態が長く続くことで腎臓の細い血管などが傷つき、腎臓の機能が徐々に低下していく糖尿病の代表的な合併症です。
義太夫さんは、その後18年以上にわたって透析治療を続けました。
長年、週3回、1回約5時間の透析を受けていたといいます。
1週間では約15時間。
これを何年も続けることになります。
義太夫さんは2026年8月30日に公開された記事でも、糖尿病を放置した末に緊急透析となった経緯や、18年以上続く透析生活について語ったばかりでした。
それでもグレート義太夫さんは歩き続けていた
人工透析が必要になってから、義太夫さんは糖尿病との向き合い方を大きく変えています。
2022年には、日本糖尿病協会などが行った「歩いて学ぶ糖尿病バーチャルウオークラリー」に参加しました。
当時、仕事がない日には多摩川沿いを5~8km歩いていると話していました。
ウォーキングの距離や時間を記録したり、途中で写真を撮ったりすることが、運動を続ける励みになるとも語っています。
糖尿病を発症した当初は治療から離れてしまった義太夫さんですが、透析を始めてからは、自分の病気を隠すのではなく、糖尿病や透析について積極的に発信するようになりました。
同じ糖尿病患者に向けて、自分と同じ失敗をしないでほしいという思いもあったのでしょう。
2024年には心筋梗塞で10時間の手術
長い透析生活を続けるなか、2024年8月23日には心筋梗塞で倒れました。
本人によると、手術は約10時間にも及んだといいます。
その後、無事に回復して芸能活動を再開しました。
参考:ORICON NEWS「グレート義太夫、心筋梗塞で倒れる」
糖尿病のある人では心血管疾患のリスクにも注意が必要ですが、義太夫さんの心筋梗塞について、糖尿病だけが原因だったと断定することはできません。
それでも、糖尿病では腎臓だけでなく、長い年月をかけて全身の血管を守ることが重要になります。
亡くなる約1か月半前にも手術を受けていた
2026年7月には、「鎖骨下静脈拡張」の手術を受けるため入院したことを自身のブログで報告しています。
これは狭くなったり閉塞したりした鎖骨下静脈を、バルーンカテーテルなどを使って広げる治療です。
本人はこれまでにも何度も受けた手術だったと説明していました。
8月には足腰の強い痛みも訴えていた
亡くなる約3週間前の2026年8月には、身体の不調についてもブログに記していました。
腰や左股関節の痛みが強く、歩けないほど痛むこともあったようです。
8月18日には、足腰が痛むことで動くことがおっくうになり、筋力が落ちていくことを心配していました。
それでも、
「必ず復活しますから」
と前向きな言葉を残しています。
そして9月7日の朝にも公式ブログを更新していました。
その日のうちに亡くなるとは、本人も周囲の人も思っていなかったでしょう。
グレート義太夫さんが伝え続けた「糖尿病の怖さ」
2022年の糖尿病イベントで、義太夫さんは自分の経験を振り返り、糖尿病は痛さや辛さがなくても知らないうちに進行するため、合併症が出る前に自分でコントロールすることが大切だと訴えていました。
これは、義太夫さんが30年以上の糖尿病生活を通じて実感した言葉だったのでしょう。
糖尿病と診断された当初は、病院へ行ったり行かなかったりを繰り返しました。
その結果、糖尿病性腎症が進み、48歳から人工透析を続けることになりました。
一方、透析を始めてからは食生活や運動を見直し、自らの失敗も含めて糖尿病について発信し続けました。
その姿は、糖尿病になった人にとって大きな教訓を残してくれたと思います。
糖尿病は「痛くないから大丈夫」ではない
糖尿病では、血糖値が高くてもすぐに痛みが出るわけではありません。
そのため、
- 体調が良いから大丈夫
- 薬を飲んで症状がなくなったから治った
- 忙しいからしばらく病院へ行かなくてもいい
と思ってしまう人もいるでしょう。
しかし、高血糖の状態が長く続けば、気づかないうちに腎臓、目、神経、心臓や血管などに影響が及ぶことがあります。
まとめ
グレート義太夫さんは37歳で糖尿病と診断され、その後、糖尿病性腎症が進行し、48歳から18年以上にわたって人工透析を続けました。
2024年には心筋梗塞で倒れて10時間の手術を受け、2026年に入ってからも治療や体調不良が続いていました。
そして2026年9月7日、67歳で亡くなりました。
ただし、現時点では死因は公表されておらず、糖尿病や人工透析が直接の死因だったとすることはできません。
それでも、義太夫さん自身が繰り返し語ってきた、
「糖尿病を甘く見てはいけない」
という経験は、糖尿病の人にとって非常に重いものです。
糖尿病は、自覚症状がないまま進行することがあります。
だからこそ、体調が良いときにも通院を続け、血糖値を確認し、毎日の食事と運動を続けることが大切です。
グレート義太夫さんは、自分が糖尿病を放置したことも、人工透析になったことも隠さず、長年にわたって発信し続けました。
その経験を「自分は大丈夫」と思わず、自分自身の生活を見直すきっかけにすることが、義太夫さんが残してくれたメッセージではないでしょうか。









